其の九

クリスティーヌ




リスティーヌとは10年連れ添った。
一時は一生こいつと生きていくもんだと思っていたが、俺は彼女と別れる決心をした。どう切り出すか? 別れ話に何日もかけるわけにいかない。仕事も休まなければならないだろう。一日。たった一日でケリをつけてやる。
「レーザー手術だと入院しなくて良いんですよね?」
「ええ、その日に帰れますよ」

クリスティーヌとの出会いは26歳の秋。シャワー中にケツに違和感を感じて手をやると肛門から彼女が顔を覗かせていた。
「はじめまして♪」
…君は…もしかして…
何度も指先で確認し、鏡に向けてケツを突き出し上半身を前屈させて股の間から逆さに目視。
間違いない…痔だ…!
自覚と共に走る痛みと若い身空で背負ってしまった絶望感。まるでAVのパッケージの様な格好で立ち尽くす俺の足元では心に降る雨音よろしくシャワーが虚しくタイルを打ちつけていた。
翌日、既に痔と生活している職場の先輩に相談する。
「先輩、痔持ちでしたよね?」 「ん? マイケルのこと?」 「マイケル?」 「ヤツの名前。どしたの?」 「いや、実は…」 「あらら、痛いでしょ」 「痛いんすよ。だから色々教えて貰おうと思って」 「名前つけた?」 「いやつけてないっす」 「つけた方が良いよ」 「はぁ」 「お、時間だ、仕事すっか
いやもっと大事なこと教えてくれや! 
途方に暮れたが取り敢えずアドバイス通りに名前をつけた。どうせなら女が良い。お前は今日からクリスティーヌだ。
俺はクリスティーヌに尽くした。風呂に入っては優しくマッサージをし、外で用を足す時はウォシュレット付きを探し、長時間同じ体勢でいることを避け…。しかしそんな気持ちをよそに彼女は度々俺を困らせた。
風俗に行った時はお姉さんに見つけられて「あ、お客さん、痔だ♪」 「うん、クリスティーヌって言うんだ」 と紹介したら、ツボに入ったのかお姉さんがゲラゲラと笑い、しばらくプレイ続行不可能となって、やっと勃ち直ったと思ったら時間切れ。「あら、延長する?」 「するかバカタレ」 「じゃあまた来てくれる?」 「来るかバカタレ」 「え〜クリスティーヌに会いたい〜」 「会わすかバカタレ」
友人宅に遊びに行った時は遊び盛りの2人の子供たちにやたらと懐かれ、友人との思い出話もそこそこにプロレスごっこに興じていると、ふと気を抜いた瞬間に長男の悪魔の叫び、「かんちょー!」 「アアァーッッッ!!!!!!!」
マンション中に響き渡る絶叫はジェーンを呼ぶターザンの如しだが俺の胸にチンパンジーのチータは抱きついていない。舞台仕込みの喉から発せられた雄叫びにびっくりして泣きじゃくる子供たちと、その間で肛門を押さえながらうずくまるオッさん…。もう阿鼻叫喚の地獄絵図である。
エピソードをあげればキリがないので割愛するが、こんな間尺の合わない日々を俺はクリスティーヌと歩んできた。
そして出会いから10年。クリスティーヌはじゃじゃ馬から残虐の麗人へと変貌を遂げ、いよいよ仕事やライブに支障をきたすようになる。
限界だな…
そう思った俺は別れを決意。PCの「お気に入り」 が肛門科で埋め尽くされるほど病院を調べ、レーザーで行われる日帰り手術を見つけると、冒頭で記した医者との会話となるのである。

クリスティーヌとの別れはあっけなく、朝イチに打たれた麻酔で彼女がぐっすり眠っている間に俺の肛門から離されていった。
「これが患部です」
レーザーで切り取られた彼女をトレーに乗せて医者が見せてくれた。初めて見るクリスティーヌの全貌はとてもグロかった。医者はそれをポラロイドカメラで撮影し、出てきた写真をパタパタと振りながら、「この写真、差し上げます」

…こうしてクリスティーヌとの10年は終わった。思えばガキの頃からの不規則な生活、暴飲暴食、便所でタバコを吸いながら長時間ケツを出してるなど、自ら肛門にストレスを与えてきた。
そう、彼女と俺は出会うべくして出会ったのである。

今は快適な肛門ライフを送っているが、少し生活が乱れてくると引き出しからトレーに横たわるクリスティーヌの写真を取り出し、そのグロい姿を見ては己を律する日々が続いている――。


2016年5月
BGM:THIS IS NEW -蜂鳥あみ太=4号- 


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