其の三





「みんなー、今度の土曜日は園庭で餅つき大会ですよー」
桃組の先生が手を口に添えて言うと園児たちは一斉に声をあげる。
「うわーぃ!!」 「やったー!!」
純粋。餅に狂喜乱舞である。かん高い歓声が飛び交う中、俺も皆と同様に青っ鼻をぶらんぶらんさせながら喜んだ。
興奮を煽るように先生が聞く。「みんなはどんなお餅が好きかなー?」
俺は大きな声で答えた。
「しょ…のこもちー!!」

「しょ」 は醤油の「しょ」
当時の俺は餅の食い方などひとつしか知らなかった。醤油のみ。砂糖醤油でもない。海苔すら巻かない。焼いた餅に醤油をかけるだけ。だから質問に対して満面の笑顔で答えようとしたのだ
「しょうゆー!!」と。
しかし皆は練習したかのように声を揃えてこう叫んだ。
「キノコもちー!!」
…きな粉餅である。だが「きな粉」 など聞いたことのない俺は「キノコ」と空耳した。そして協調性を重んじる日本園児は、その類い稀な反射神経を活かし、一瞬で好きなお餅を「しょうゆ」 から「キノコ」 へと切り替えた。
結果として「しょのこ餅」 である。
「しょのこ餅」 を繰り出すことで辛うじて他の園児たちと足並を揃えることが出来たのだが、青っ鼻の5歳児には息切れするほどの荒技であったために「きな粉」 を「キノコ」 と空耳していることは払拭出来ずにいた。
隣の女の子が目をキラキラさせながら話しかけてくる。「あたしキノコ餅(きな粉餅)大好き! おいしいよねー!」 「…うん!!」 引きつった笑顔で答える俺の脳内はフル回転である。
(キノコ餅? なんじゃそら? 美味いの?)
俺は四角い餅の真ん中にキノコがブッ刺さっているえげつない食べ物を想像し、何故そんな物を大騒ぎするほど皆が好きなのか不思議で仕方なかった。女の子が聞いてくる「てるくん何個食べるー?」 「…5個っ!!」 無理無理無理無理。だいたい俺はキノコが好きではない。いや、寧ろキノコ好きな幼稚園児がこんなにたくさんいることに驚いているのだ。
皆の成長に置いていかれている気がして焦る5歳児は、ぶら下がる鼻水の先端が口に触れては塩気を感じているだけのお子ちゃま舌を呪った。早く皆と肩を並べなきゃ。キノコ餅が見たい。キノコ餅が食べたい!俺はキノコ餅を食べる! 否、キノコ餅を5個食べる!!
おそらく、その場にいる園児の誰よりも土曜日の餅つき大会が待ち遠しかった。

土曜日――。

…俺は熱を出した。あれほど待ち望んだ餅つき大会を欠席し、布団の上で「キノコ〜キノコ〜」 とうわごとのように繰り返す息子を見て母親が行末を案じたというのは後に聞かされた。
結局キノコ餅はおあずけとなり、数年後に「きな粉餅」 と出会うまでの間、俺は醤油と鼻水に人生のしょっぱさを教えられる日々を過ごすことになる。

余;最近、石川県小松市に「きのこ餅」 なるものがあることを知った。どうやら椎茸の粉末が練り込まれているらしい。ここで考える。そのきのこ餅を焼いて醤油をかけたら、それはもう「しょのこ餅」 ではないだろうか――。


2015年4月
BGM:イージーライター -アブラジョー -


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